写真:Pirelli、伊藤英里
テキスト:伊藤英里
イデミツ・アジア・タレントカップ第5戦タイ大会
10月25日~27日/タイ チャン・インターナショナル・サーキット
2024年シーズンのイデミツ・アジア・タレントカップ第5戦タイ大会が、MotoGP第18戦タイGPに併催で行われました。イデミツ・アジア・タレントカップは、アジアからオセアニア地域の若手ライダー育成を目的に、2014年にスタートした選手権です。マシンはホンダ・NSF250Rのワンメイク、タイヤは、2024年からピレリがサプライヤーを務めています。ピレリが供給するタイヤは、DIABLO™ SUPER BIKE SC2です。
この選手権はロードレース世界選手権MotoGPへの足掛かりとなる選手権です。ここで活躍したライダーは、FIMジュニアGP世界選手権やレッドブルMotoGPルーキーズカップを経て、ロードレース世界選手権Moto3クラスへと駆け上がる、第一のチャンスをつかむことができます。
タイGPで2024年シーズンのMoto2チャンピオンに輝いた小椋藍(MTヘルメット – MSI)もまた、アジア・タレントカップ出身のライダーです。小椋は、アジア・タレントカップ出身ライダーとして初めての世界チャンピオンとなりました。
今季、そんなイデミツ・アジア・タレントカップには5名の日本人ライダーがフル参戦エントリーしています。参戦2年目の三谷然、高平理智、荻原羚大、そして今季から参戦する、池上聖竜、竹本倫太郎です。
レース1:超混戦の最終ラップ、三谷はトップ集団で戦うも5位でゴール
今大会は、チャンピオンシップのランキングトップ、三谷然のチャンピオンがかかる一戦となりました。しかし、三谷には全まったく緊張はなかったと言います。今季、三谷は「転倒しない、そして絶対に勝つ」という気持ちで1戦1戦に臨んでいました。チャンピオン獲得がかかるタイ大会もまた、チャンピオンシップというよりもひとつのレースとして集中していたのです。
予選で2番手を獲得した三谷は、1列目からレース1をスタートします。ポールポジションからスタートした荻原羚大とレースを引っ張りますが、後方を引き離すには至らず、優勝争いは最終ラップまで6名による混戦となりました。
参戦2年目の三谷は、タイでのレースが混戦になることも、勝負が最終コーナーになることも分かっていました。とはいえ、混戦の中でのポジション争いは、三谷の描いていたレース展開の通りというわけにはいきませんでした。6台がもつれながら最終コーナーを立ち上がり、三谷はトップから0.167秒差の5位でフィニッシュラインを駆け抜けたのです。
「レース前半、中盤は思っていた通りのレースができました。最終ラップの位置取りも自分の思っていた通りだったんですけど、3コーナーを立ち上がったあとのストレートで、少し前に出すぎたかもしれません。思ったよりも他のライダーが伸びてきて、結果的に1番手から6番手の集団の最後尾まで落ちてしまいました。巻き返そうとしたんですが、最終コーナーまでの間もブロックラインみたいな感じでスペースがなくなって、ダートを走っているような状況でした」
三谷は「自分の中で、まだ最終ラップどう勝つのかが見えていないんです。明日に向けて、考えたいと思います」と、レース2に向けて語っていました。
このレースで2位を獲得したのは、高平理智です。高平は前戦の日本大会からタイ大会まで、台湾スーパーバイクシリーズに参戦し、スーパースポーツ300でチャンピオンを獲得して、今回を迎えていました。高平は1列目3番手からスタートして、トップ集団で周回を重ね、優勝したキアンドラ・ラマディパとはわずか0.009秒差の惜しい2位でした。
「最終ラップは4コーナーでトップに上がって、そこから意地でも抜かれないように最終コーナーまで頑張っていたんですが、他のライダーの(最終コーナーの)ブレーキングがすごく深かったんですね。でも、止まれなさそうなブレーキングだったので、ボクは頑張って止めて、曲がれるようにマネジメントしました。しっかり曲がって立ち上がったのですが、後ろからラマディパがいいスピードで来てしまって。ぎりぎりで負けちゃったので、けっこう悔しいです」
また、ランキング2番手でタイ大会に臨んだ高平は「ポイントや順位よりも、ランキングトップの三谷選手より絶対に前でゴールする、と考えてずっと走っていました。今回、チャンピオンとらせないぞ、って」と、ランキングトップの三谷へのライバル心も明かしていました。
3位はポールポジションからスタートした荻原が獲得しました。最終的に3位という結果ではありましたが、前戦の日本大会で「もっとレースをリードする時間を多くしたい」と語っていた荻原は、今回のレースでは多くリードしていました。
「ボクとしては、前にいこう、と思ったところでいけたところもあったし、勝負として負けていないところもあったと思います。もちろん、順位としては3位で、勝ちたかったから(結果は)よくはないですけど、明日に向けてはポジティブなレースでした」
池上聖竜は10番手からスタートし、9位でゴールしました。序盤はトップ集団でのレースになったものの、ポジション争いで後退を余儀なくされました。
「(トップから離されてから)ペースは悪くなかったのでトップに追いつきたいなと思って走っていたんですが、ポジション争いになってしまい、冷静さを欠いてミスが出て、結局最後、前に追いつけないままゴールしてしまいました。明日は落ち着いてトップ集団で走って、最後は勝ちたいです」
竹本倫太郎は14番手からのスタートで、一時は最下位まで後退しながらもそこから巻き返し、11位でした。
「巻き返しはよかったのですが、ペースが1分47秒2くらいで安定して、そこから上がらなかったんです。それがレース1の課題で、明日に向けて変えていきたいと思います」
レース2:今季初のウエットコンディションでのレース。三谷が4位でチャンピオンを決める
日曜日朝に行われたレース2は、タイ大会の週末を通して初めて、そして、今季初のウエットコンディションでのレースとなりました。イデミツ・アジア・タレントカップでは、ピレリとしても初のウエットレースでした。
レース1を終えた時点で、三谷はレース2で4位以上に入ればチャンピオンが決まる状況でした。こうした状況でも、三谷は、レース前は「いつも通り」だったと言います。日曜日だけウエットコンディションのレースにはなりましたが、「勝つことだけを考えてスタートした」と言うのです。三谷の目標はぶれることがありませんでした。
プレッシャーもなかったと、三谷は言います。
「毎レース、転ばないことだけは心掛けていたので、それだけ思いながらレースしていました。小さいころからあまり緊張しないんです。いつも通り、勝ちたいという気持ちだけでスタートしました」
レース2はウエットレースが宣言され、周回数は15周から12周に減算されました。レース序盤、三谷は荻原の後ろで2番手につけていましたが、その後、じりじりと後退を余儀なくされました。終盤にハイサイドを起こして転倒しそうになってからは現状をキープする走りに切り替え、4位でゴールを果たしました。
三谷はレース中、チャンピオンの可能性などを考えず、チャンピオンを獲れなくてもポイントだけは獲ろう、という気持ちで走っていたそうです。
この結果、最終戦の2レースを残してランキング2番手に浮上した荻原に対し63ポイント差を築いたことから(1レースで獲得可能なのは最大25ポイント)、三谷が2024年シーズンのイデミツ・アジア・タレントカップチャンピオンに輝きました。
「勝ちたかったけど、結果的に4位でポイントを獲ってチャンピオンになれたので、うれしいです」
今季、イデミツ・アジア・タレントカップ参戦2年目だった三谷は、大きな覚悟を持って挑んでいました。
「(イデミツ・アジア・タレントカップ参戦)2年目で、今年、結果を残さないと自分のレース人生が終わる、という気持ちで臨んでいました。チャンピオンを獲るなら勝って決めたかったですけどね。自分の来年に向けては、ほんとにいいシーズンにできたと思っています。まだあと(最終戦の)2レースがありますけど、そこでも勝ちだけを目指していきます」
今季ここまで、三谷は5勝を含む8度の表彰台を獲得してチャンピオンを獲得しました。タイ大会が、初めて表彰台を逃したレースだったのです。今季の安定感について、三谷はこう説明していました。
「転倒しない、という気持ちでスタートして、さらに絶対に勝つ、という気持ちで走っていたことが大きかったです」
それは、このレースでも語っていたこと。三谷は1レース1レース、変わらない強い意志を持って挑み、それが見事、チャンピオン獲得につながったのでした。
そして、ウエットコンディションのレースを制したのは、荻原でした。レース後に「雨が得意なのですか?」と尋ねると、「全然得意じゃなかったんです!」と、笑顔で否定していました。ピレリのレインタイヤにすぐになじみ、サイティングラップの時点でいい感触があったのだと言います。ただ、荻原は「今までウエットが遅かったのは、気持ちの面だったと思う」と語っていました。
「ウエットは嫌だな、というマインドになっていたからだと思います。でも今朝は、雨だと分かった時点で、楽しもう、って切り替えたんです。そうしたらサイティングラップですごくよかったんです」
「苦手なレインだったので、余計にうれしかったです」と、笑顔を浮かべていました。
今季はコンディションだけではなく、初戦カタール大会の転倒から学び、メンタル面を成長させてきたのだそうです。
5位は高平でした。ウエットコンディションでの感覚をつかむのに苦戦して序盤に後退し、これが響きました。
「思った以上に感覚がつかめなかったです。そのため、ちょっと前と離れてしまいました。最終ラップでやっと感覚がつかめてきた感じだったんですけど……」
高平はこのレース2でランキング3番手に後退しています。
「(三谷選手が)今年は強かったので悔しいですけど、ランキング3番手まで落ちてしまったので、ランキング2番手を取り戻せるように次もまた頑張ります」
竹本は9位でゴール。レース前半にペースを上げられず、トップ集団と離れてしまいました。ただ、後半、周りのライダーのペースが落ちたのに対し、竹本は安定したペースで走り、これが9位ゴールにつながりました。
「レース前半にペースを上げるのが遅くなってしまい、それで前と離れてしまいました。後半ちょっと前に追いついて、順位を上げて行ったのですが、前半で空いた距離が取り返せなかったです。後半に上がってきていたので、(周回数が減った分)あったらなとは思いました。でも、序盤にポジションを上げきれなかったのが問題だったので」
池上は一時、8番手付近まで浮上しました。ウエットコンディションでのレースは好むところではありませんでしたが、日本大会からタイ大会までの間にヨーロッパで開催されるヨーロピアン・タレントカップに参戦しており、それがウエットコンディションでのレースだったため、直近でピレリタイヤでのウエットコンディションでのレース経験がありました。とはいえ、マシンもコースも異なることから、コントロールしながらのレースとなりました。
さらに、レース中にエンジンにトラブルが発生。それでも雨を走る経験を積むべく、最後まで走りきり、14位でゴールしました。
次戦に向けて「独走で走れるレースがしたい。来週も常に全力で走りたいです」と意気込みを語っていました。
イデミツ・アジア・タレントカップの最終戦となる第6戦マレーシア大会は、MotoGP第19戦マレーシアGPに併催で、11月1日から3日にかけて、マレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットで行われます。