YZF-R9は「自分の走りに合っている」
その日、岡本裕生はブラウンのスーツを着込んで現れました。サーキットでよく見せるチームシャツやレーシングスーツとは少し違う雰囲気が漂います。25歳の精悍な顔つきには、インタビュー前の軽い雑談で、愛嬌のある笑顔が浮かびました。ふわりと表情に表れたそれは、間にあった“距離”をぽんと乗り越えてしまうような、不思議な魅力がありました。
2024年シーズン、岡本は全日本ロードレース選手権JSB1000クラスを戦い、クラス参戦3年目にしてチャンピオンを獲得しました。チームメイトであり、これまでに12度のチャンピオンに輝いてきた中須賀克行を最終戦で逆転してのタイトル獲得でした。
2025年シーズンは戦いの舞台を世界に移し、スーパースポーツ世界選手権(WSSP)へパタ・ヤマハ・テンケイト・レーシングから参戦を果たします。従来のWSSPは、基本的に600㏄の市販車をベースにしたマシンで争われる選手権でしたが、2022年に「スーパースポーツ・ネクストジェネレーション」が始まったことで、参戦するマシンの範囲が広くなりました。なお、2023年と2024年には、ドゥカティのパニガーレV2を駆るドゥカティライダーがチャンピオンを獲得しています。
ヤマハは2024年までWSSPをYZF-R6で戦ってきましたが、2025年は昨年発表されたYZF-R9を投入します。そのYZF-R9を駆るライダーのひとりが、岡本なのです。
2月末にオーストラリアでの開幕戦を控える岡本は、インタビューをした時点で、すでにヨーロッパで2回のテストを行っていました。全日本で4シーズンにわたってYZF-R1を走らせてきた岡本は、WSSP仕様のYZF-R9をどう感じたのでしょうか。
「900㏄ということもあって、トルク感がすごくあります。ストレートの最高速はYZF-R1に劣りますが、加速感はR1に近い感じでした」
最高速が伸び切らないと感じるのは、性能調整がひとつの要因だと考えられます。2025年シーズンのWSSPには、YZF-R9やドゥカティ・パニガーレV2のような排気量900㏄クラスのバイクだけではなく、MVアグスタ・F3 800 RR、トライアンフ ・ストリートトリプルRS765、カワサキ・ZX-6R、ホンダ・CBR600RR、QJモーター・SRK800RRがエントリーしています。異なる排気量のバイクで選手権を成立させるため、回転数の制限(レブリミット)が設定されているのです。
そんなYZF-R9によって、岡本が“取り戻したもの”がありました。本来の、コーナリングスピードを生かすライディングです。
「ボクはコーナリングスピードを生かした走りが得意だったのですが、(2021年から)4シーズンを1000㏄で走ってきて、ブレーキングでちゃんと止めて加速させるという走り方になっていたんです。(YZF-R9では)それを、元々の自分の走り方に戻した感じです。本来が600㏄の選手権なので、コーナリングスピードを殺してしまうとタイムにつながらないんです。自分の走りに合っているんじゃないかなと思っています。だから、今のところ、考えずに走れるんですよ」
「2回のテストで、この4年間での1000㏄での走りをだいぶ忘れることができています。もちろん、いい意味で、ですけどね。1000㏄を走ってきて勉強できたこともたくさんあるので、そこも生かしていますよ」
「テストは、ある程度の最短距離で進められていると思います」と、頼もしい言葉を聞くことができました。
![岡本裕生選手の走行の様子](https://pmfansite.com/pirelli/images/yuki-okamoto-action.jpg)
柔らかくてユーザーフレンドリーなピレリタイヤ
それでは、タイヤはどうでしょうか。WSSPは、ピレリがワンメイクタイヤサプライヤーを務めています。岡本は2019年にイタリア選手権にスポット参戦したときにピレリタイヤを履いた経験がありますが、キャリアのほとんどを他社のタイヤで走ってきたのです。
レースにおいてもっとも重要な要素のひとつであるタイヤについて、変更によって乗り換えに苦しむライダーもいます。けれど、岡本はここでも「意外とスムーズに乗り換えできました」と、あっさり言います。
「これまでモタードやミニバイクなど、さまざまなバイクに乗ってきた経験があるので、タイヤが違うことはあまり気にならないですね」
「ピレリタイヤはウォームアップ性がいいので、1周目からベストタイムを狙いにいけます。また、タイヤが非常に柔らかい分、タイヤの特性をつかみやすいんです。すごくユーザーフレンドリーだなと思います」
「2024年まで履いていたタイヤは硬めでした。そこも600㏄クラス(WSSP)からの参戦でよかった部分なんですよ。以前、1000ccバイクでピレリタイヤを履いて走ったことがあるのですが、そのときは(他社と比べて)より柔らかい、と感じたんです。(他社の)1000cc用タイヤからピレリの1000cc用タイヤへの乗り換えだったら、もっと違いを感じたと思います。ただ、今回は600cc(WSSP)用タイヤなので、そこまで差異を大きく感じずに乗り換えができているんです」
とはいえ、不安もあります。それは、「レース終盤のタイヤのパフォーマンス」です。どのようにタイヤが摩耗し、グリップが低下するのか。そのマネジメントについては、レース周回数を走ることでしか知ることができません。また、冬の間のテストでは、シーズン中とは路面温度も大きく異なります。
「タイヤのライフのほうが難しいですね。そこは1シーズンを通して勉強していかなければいけない部分だと思います。サーキットによって、気温の差もあると思いますし。路面温度はタイヤにとって、非常に影響してくるんです。だから、チームと相談しながら進めなくちゃいけないですね。マシンよりもタイヤのほうが、勉強すべき部分がまだあると思います」
それでは、タイヤの違いによって、車体づくり、セッティングはどのように変わるのでしょう。
「(ピレリの)タイヤが柔らかい分、サスも柔らかくなります。そこからの振り幅はだいたい同じくらいになりますね」
「セッティングに関しては、どこをどう変えたらどう変わる、というのは基本的に変わらないんですよ。ボクは、丸3年間、(JSB1000で)ファクトリーチームで走らせていただきました。いろいろなセッティングやマシンの変更を試させていただいて、『ここをこう変えたらこう変わるんだ』というマシンの理解度がすごく深まったんです」
「だから、R9で出たネガな部分などを『ここをこう変えたら直るんじゃないか』と、自分からも言うことができるんです。チームのほうも名門なので、『そういうコメントだったらこう変えればいいのかな』というある程度の意思疎通が、今のところできています」
岡本が所属するのは、名門チーム、オランダのパタ・ヤマハ・テンケイト・レーシングです。全スタッフがオランダ人で、コミュニケーションは英語で行われます。ただ、通訳を介し、ときには岡本自身で伝えるなどして、これまでに「言いたかったことと違う伝わり方をしてしまった」といった齟齬はないと言います。
「日本人に近い感じがするんですよ、オランダ人って」と、岡本は楽しそうに笑います。
「あまり騒いだりしないし、夜ごはんも長くかけないでさっと食べてさっと終わるんです。日本人ぽくて、ボクにとってはやりやすいですね。この前のテストはスペインのサーキットだったのですが、やることが夜7時くらいに終わったのでサーキット内のレストランに行こうとしたら、『この店は8時からしか開いていないから』と。それに対して『なんで8時からなんだ! 普通はもっと早いだろ!』って怒っていたり(笑)。スペインのレストランは、夜の営業開始が遅いんですよね」
「テンション的に寄り添わなくていい。そのままで居心地がいいんです」
言語も文化も考え方も違う外国人のチームでは、お互いを理解しようとするコミュニケーションがより必要になりますし、小さな違いがストレスとして積み重なることもあります。すでにストレスフリーで過ごせていると言う岡本ですが、「自分のことを知ってもらい、自分も相手のことを知らなければいけない」と考え、全日本時代よりも長くピットで過ごして、スタッフと一緒にいる時間を増やすようにしているそうです。
不安材料は海外サーキットのコース攻略
「タイヤのライフ」のほかに岡本が抱える懸念材料が、「コース攻略」です。岡本にとって、WSSP開催サーキットで経験があるのは、テストで走ったイタリアのクレモナ・サーキットと、イタリア選手権で走ったミサノ・サーキットだけ。残り10戦は初サーキットになるのです。
2025年シーズンWSSPのエントリーリストには、スーパーバイクカテゴリーで戦ってきたライダーのほか、ロードレース世界選手権Moto3で活躍した鳥羽海渡や、同じくMoto2などを戦ったマルセル・シュロッターなども参戦しています。WSSPに参戦するライダーの多くは、ヨーロッパを主戦場として育ってきた、戦ってきた選手なのです。すでに知るコースを戦うライバルに対し、岡本は最初のセッションで初めてそのコースを走ります。スタート地点が違うのです。
それをよく知る岡本は、だからこそ「WSSP参戦にあたり、いちばんの不安はコースなんです。コースをどれだけ短い時間で攻略するか……」と、素直に不安を口にしていました。
「YouTubeでオンボード動画が上がっているので、そういう動画をたくさん見ます。また、日本のコースではほとんどしなかったんですけど、コースを歩いて感覚をつかんだりもします。WSSPのレース動画も見ますね。外からのカメラだと、バイクがどう動いているかでギャップがあるところもわかるんです。そうやって勉強しています」
「ヨーロッパのサーキットは日本と違って、すごく難しいんですよ。アップダウンもすごいし、ブラインドコーナーもとても多い。路面のミューが低く、路面自体が日本みたいにきれいじゃなくて、けっこうギャップがあるんです。だから、相当難しいサーキットに行くんだと想定して行くつもりです」
![岡本裕生選手の走行の様子](https://pmfansite.com/pirelli/images/yuki-okamoto-riding.jpg)
「初年度から表彰台を狙っていく」
ただ、WSSP参戦1年目のシーズンを「学び」で終わらせるつもりはありません。岡本はこれまでのキャリアを振り返り、そして、2025年シーズンへの覚悟を語りました。
「これまでたくさんけがをしてきて、シーズンをまるまる棒に振ってしまったことが2回もあったんです。正直、その遅れも感じています。JSB1000の3年間に関しては、初年度ランキング3位で、2年目がランキング2位。3年目でチャンピオンを獲得できました。その3年間は本当にすごくいろいろな経験ができたし、しっかり成長できたと思っています」
「ただ、ボクは今年で26歳になるのですが、中量級の選手権に参戦するにしては、年齢としてだいぶ遅めになるんですよ。そこに関して、正直、焦りはあります。あまり時間は残されていないから」
だからこそ、強い覚悟があります。
「選手権も違えば環境も違う。この状況の中で、1年間でどれだけ吸収できるかがカギだと思っています。今年のいちばんのポイントは、“絶対にけがをしない”こと。大きなけがをしてしまうと、初めてのサーキットを走れないことになってしまいます。それだけは本当に避けたいです。そして、毎戦しっかりと経験値を溜め込んでいく。だから、初年度から『トップ10を狙います』といった甘い考えではなく、まずは表彰台から狙っていきたいと思っています」
「経験のあるクレモナ(第4戦)とミサノ(第6戦)。それから、アッセンでも1日テストできる可能性があるので、アッセン(第3戦)。もちろん基本的には全レースで表彰台を狙っていきますが、コースをしっかり覚えたうえで挑めるサーキットは、狙っていきますよ」
そこには、現状を受け止め、言葉にできるほど咀嚼して、新しい環境の中で「やるべきこと」だけを見ている岡本裕生というライダーがいました。穏やかに、そして力強く。
岡本のWSSP挑戦は、2月21日から23日にかけてフィリップ・アイランド・サーキットで行われる、開幕戦オーストラリアで口火を切ります。
![岡本裕生選手のバストアップ](https://pmfansite.com/pirelli/images/yuki-okamoto-face.jpg)
岡本裕生(おかもと ゆうき)
1999年7月23日生まれ。2015年、全日本J-GP2に参戦。2018年にはST600クラスでチャンピオンを獲得した。2022年にはヤマハ・ファクトリー・レーシングに抜擢され、JSB1000にエントリー。2024年にチームメイトであり12度のタイトルを獲得してきた中須賀克行を退け、チャンピオンに輝いた。同年、文部科学大臣杯を受賞している。2025年からは世界へと軸足を移し、WSSPを戦う。
https://x.com/yukiokamoto31/
スーパースポーツ世界選手権(WSSP)
WSBKに併催される選手権。以前は主に600ccクラスの市販車をベースにしたマシンで争われていたが、2022年シーズンから“スーパースポーツ・ネクスト・ジェネレーション”としてレギュレーションが変更された。2025年、ヤマハはYZF-R9を投入する。そのほか、ドカティ・パニガーレV2、MVアグスタ・F3 800RR、トライアンフ・ストリートトリプルRS、QJモーター・SRK 800 RRが参戦。
https://www.worldsbk.com/en/news/ssp
写真:ヤマハ発動機
テキスト:伊藤英里
過去のWSSP関連記事
【インタビュー】駆け上がった世界の舞台。阿部真生騎が新たに挑むWSSP
【インタビュー】いざ、WSSPへ。2023年、岡谷雄太が果たした3つの“ステップアップ”
ピレリDIABLO™ SUPERBIKEの製品情報と推奨空気圧はこちら▼
https://www.pirelli.com/tyres/ja-jp/motorcycle/catalog/product/diablo-superbike
![Diablo-Superbike-6Tyres.jpg](https://pmfansite.com/pirelli/images/Diablo-Superbike-6Tyres.jpg)