写真:Pirelli
テキスト:伊藤英里
WCR第1戦エミリア・ロマーニャ
6月14日~16日/ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ
FIM Women’s Circuit Racing World Championship(女性サーキット・レーシング世界選手権/WCR)開幕戦エミリア・ロマーニャが、6月14日から16日にかけて、イタリアのミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリで行われました。
この選手権に参戦する唯一の日本人ライダー、平野ルナ選手(Team Luna)は、レース1では14位、レース2では16位でゴールを果たしています。
WCR初のポールポジションを獲得したのは、マリア・エレーラ
WCRは、2024年シーズンから始まった女性ライダーによって争われる二輪ロードレースの世界選手権です。スーパーバイク世界選手権(WSBK)に併催され、2024年シーズンは開幕戦エミリア・ロマーニャを皮切りに、全6戦が予定されています。レースは土曜日にレース1、日曜日にレース2が行われ、1戦あたり2レース開催です。
マシンはヤマハYZF-R7のワンメイクです。また、タイヤはピレリのワンメイクで、コンパウンドは基本的に、SC1のみです。タイヤアロケーションがSC1に限られているのは、ライダーが自分の走りやYZF-R7に慣れることに集中するためです。
ライダーは、鈴鹿8時間耐久ロードレースや全日本ロードレース選手権ST600に参戦してきた平野をはじめ、2018年シーズンのスーパースポーツ300世界選手権(WSSP300)チャンピオン、アナ・カラスコ(Evan Bros Racing Yamaha Team)や、ロードレース世界選手権Moto3クラスや電動バイクレースFIM Enel MotoE World Championship(MotoE)に参戦するマリア・エレーラ(Klint Forward Factory Team)など、18の国と地域から集まった、ワイルドカード参戦を含め26名がエミリア・ロマーニャを戦いました。
スーパーポール(予選)は、エレーラがポールポジションを獲得し、2番手タイムはサラ・サンチェス、3番手はカラスコでした。しかし、サンチェスがスーパーポールでのスロー走行により3グリッド降格のペナルティを受けたため、フロントロウ(1列目)はポールポジションにエレーラ、2番手にカラスコ、3番手にロベルタ・ポンツィアーニ(Yamaha Motoxracing WCR Team)が並び、サンチェスは5番手となりました。
補足すると、サンチェスはWomen’s European championshipでタイトル争いを展開したライダーで、ポンツィアーニはWomen’s CIV championshipのチャンピオンです。実力者が、順当に前のグリッドに並んだと言えるでしょう。
スーパーポール後、ポールポジションを獲得したエレーラに、MotoEの参戦経験が生きているところがあるか? と尋ねました。YZF-R7は「重く、しかしパワーは小さめ」だと言われており、車両重量225kgのMotoEマシン、ドゥカティ電動レーサーV21Lで戦ってきた経験が役立っているのではないかと考えたのです。しかし、むしろエレーラの答えは、内燃エンジンのバイクの乗り方を思い出さなければならず、大変だった、というものでした。
「難しかったよ。Moto3シーズンを思い出さなくちゃいけなかったからね。しっかりとコーナリングスピードを乗せ、ブレーキをかけすぎず、バイクを止めすぎずに走る。MotoEはハードにブレーキして、トルクで立ち上がるから、ラインが全く違っている。だから、(内燃エンジンのバイクの走り方を)思い出さなくちゃいけなかった。すぐに適応するのは大変だったよ」
付け加えると、ポールポジションのエレーラはWCRへの参戦発表をしたのが6月3日でした。このため、イタリアのクレモナ・サーキットで行われた2日間の事前テストに参加していません。YZF-R7には何度か乗ったものの、ブレーキやサスペンションなど、「全く違うバイク」だったということです。サーキットについてはMotoEでレース経験があるとはいえ、ほとんど経験のないYZF-R7でポールポジションを獲得しているあたり、エレーラのポテンシャルの高さを感じさせます。
平野はYZF-R7もピレリタイヤも初経験であり、ミサノ・サーキットも初走行だったのに加え、WCRでは唯一のフリープラクティスである初日午前中のセッションで、マシントラブルが発生したことが大きな痛手となりました。走行中にメインスイッチがオフになるというもので、セッティングを詰めるどころではなかったのです。トラブルはスーパーポールまでに解決しましたが、スーパーポールを練習走行のような形で走らざるをえず、23番手でした。
赤旗2回、レース1は波乱の幕開け
迎えたレース1は、赤旗が連発しました。最初のスタート後、5周目に16コーナーで発生した転倒により、赤旗中断。再スタートは先送りとなり、16時過ぎに5周で再びスタートしました。なお、この間のタイヤ交換はありません。
しかし、スタート直後に再びクラッシュによって赤旗が提示されて、レースは中断します。このときは10分程度でレース再開となり、5周で再々スタートが切られました。赤旗2回、合計8名が転倒した、サバイバルレースでした。
こうして超スプリントレースとなったレース1は、ポールポジションのエレーラが制しました。最終ラップにカラスコとの激しいトップ争いとなったものの、エレーラがトップを奪い返し、守り切ったのです。チェッカーをトップで受けたエレーラと、2番手のカラスコの差は、わずか0.067秒でした。5周とはいえ、WCRの開幕戦にふさわしい好レースでした。3位は、サンチェスが獲得しています。
エレーラはカラスコとの好バトルについて「ナイスだったよ!」と答えました。
「バイクを十分に走らせる時間がなかったので、限界で、タフなバトルだった。でも、ブレーキングポイントで(アナを)オーバーテイクできた。そこはわたしのほうが強いところだったから。でも、もっと速く走るために、もっとバイクをよく理解しないといけないと思う」
一方のアナは「5周のレースだったので、マネージメントがとても難しかった。でも、優勝しようと全力を尽くしたよ。惜しかったね。明日はもっと改善して、優勝に向けて頑張る」と語っていました。
平野は19番手からスタートし、ポジションを上げて、最終ラップでも一人をかわして14位でゴールしました。たった5周のレースだったことから、追い上げるにはかなり難しい展開となりました。
「3回目のスタート後のストレート上で、目の前で転ばれてしまい、5周しかないのに前のライダーとかなり差が開いてしまいました。なんとか目の前のライダーを抜くしかないと思って頑張って走って、残り2周で前のライダーに追いついたんです。最終ラップ、抜くと決めていた13コーナーでパスできました。近くにいたライダーを全員抜けたのでよかったです」
また、平野は8名のライダーが転倒したレース1について、「当てるのが普通なレース」だったと言います。
「セーフティゾーンが狭いし、幅寄せもあります。抜くのも、すごく難しかったです」
転倒したライダーのうち、ミア・ラステン(Rusthen Racing)とジェシカ・ハウデン(Team Trasimeno)はチェゼーナのブファリーニ・トラウマ・センターに運ばれました。WorldSBK公式サイトによれば、ラステンは頭部に外傷を負い、昏睡状態ではあるものの、容体は安定していると報じられていました。その後の6月20日、ドルナスポーツのインフォメーションによると、6月22日にラステンの母国であるノルウェーに移送されるということです。
また、レース1の状況を受け、土曜日夕方には注意を促すブリーフィングが行われたのだそうです。
レース2もエレーラが最終コーナーで優勝を決める
レース2は、カラスコがポールポジション、サンチェスが2番手、ポンツィアーニが3番手で、レース1で優勝したエレーラは4番手、平野は21番手からスタートしました。WCRでは、レース2のグリッドのトップ9までがレース1における各ライダーのファステストラップ順で、以降はスーパーポールのタイム順となるからです。エレーラは優勝しましたが、ファステストラップのタイム順としては4番手だったのです。
レース2は、中盤まではやはりエレーラとカラスコがトップ争いを展開したものの、終盤に入るとカラスコが遅れ、最終ラップはエレーラとサンチェスによる優勝争いとなりました。あわや接触という接近戦ながら、互いをリスペクトし合った好バトルでしたが、エレーラが最終コーナーでサンチェスを抜き去り、2レースで優勝を飾ったのです。
レース後、エレーラは友人であるWSBKライダーで2022年、2023年チャンピオン、アルバロ・バウティスタ(Aruba.it レーシング-ドゥカティ)からアドバイスをもらったと明かしました。
「アルバロと話をしたんだけど、『きみはポールポジションなんだから、何かを変える必要はないよ。このカテゴリーとバイクについて学ぶことが必要だからね。きみは限界で走り、バイクに何が必要かを見出さないといけない』と言われてね。だから、そういう風に走り切った」
僅差ではありましたが、ポールポジションを獲得し、レース1、レース2で優勝を飾り、エレーラが制したエミリア・ロマーニャとなりました。
レース2は2位がサンチェス、3位はカラスコでした。カラスコは1周目からフロントのチャタリングに悩まされていたと語っており、エレーラと勝負するには厳しい状態だったようです。いずれにしても、レース1とレース2は、順位は異なるとはいえ、同じ3名のスペイン人ライダーが表彰台に立ちました。
平野は16位でゴールしました。セッションのたびにタイムを詰め、レース2では1分52秒467の自己ベストを記録しています。ただ、タイムが詰まったことでバイクのセッティングが合わなくなるという弊害が発生しました。
「1分52秒の前半~後半で周回できていたのですが、変える時間がなくて1分55秒台のセッティングのままだったんです。レース後半はどんどん速度が上がって、ブレーキングポイントが奥になっていったのですが、そうなると今のセッティングでは止まれなくて。離されてレースが終わってしまいました」
とはいえ、それは、平野がセッションのたびにタイムを詰めた、ミサノの週末を通じた前進の結果です。これはエミリア・ロマーニャのリザルトにはつながらなくとも、今後の結果に結びつくことになるでしょう。
次戦のWCRは、スーパーバイク世界選手権(SBK)第5戦イギリスラウンドに併催です。7月12日から14日にかけて、ドニントンパークで行われます。