写真:ヤマハ発動機
ライター:伊藤英里

「全日本チャンピオンを獲得して、一番いい形でWSBKに参戦できた」

2021年シーズンのスーパーバイク世界選手権(WSBK)に参戦した唯一の日本人ライダーが、野左根航汰である。そして2021年は野左根にとって、WSBKフル参戦1年目のシーズンでもあった。

野左根の出発点は、子ども向けオフロードバイク、ヤマハPW50だった。土日にはいつも家族で河川敷に行き、バイクを楽しんでいたという。ある日、レースに出てみないかと誘われてもてぎ(モビリティリゾートもてぎ)の北ショートコースのレースに出た。

「なめてたわけじゃないけど、そこまで本気のレースだとは思わなかった。オンロードで走るのも初めて。走ったらすごく遅くて、予選でも2回くらい転びました。10人くらいいて、結果は9位くらい……。ほんとに遅かったんです」

しかしその後「子どもながらに悔しくて、もう一回やりたいと言ったんです。次のレースまでにすごく練習しました。ちゃんと優勝できたので、よかったです」と言うから、すでにレーシングライダーとしての片りんを見せていたのだろう。

その後、11歳のときにMotoGPやWSBKで活躍し、ノリックのニックネームで親しまれた故・阿部典史選手が立ち上げた「チームノリック」のライダーとして見出された。野左根は「チームノリックに入ったのが大きな転機だった」と言う。

「子どものころは何もわからずにMotoGPライダーになるのが夢でした。でも、大人になるにつれ難しい現実などもわかるようになってきて。プロをはっきりと意識したのは、全日本J-GP2で優勝できるようになってからくらいです。こうしていきたい、という意識が明確になりました」

2014年から全日本ロードレース選手権の最高峰クラス、JSB1000にステップアップした野左根は、2017年にはヤマハファクトリー・レーシングチームに抜てきされた。そこには──いや、JSB1000には、と言った方が正しいだろう──中須賀克行がいる。中須賀は“絶対王者”と称される強さを誇っており、昨年2021年もチャンピオンを獲得して通算10度目のタイトルに輝いている。

「少し前からMotoGPではなくて、WSBKに興味が出てきたんです。全日本JSB1000で走らせるのも(WSBKと同じく)YZF-R1。その技術を生かすにはWSBKの方が近いですから。ただ、全日本でしっかりチャンピオンを獲ってからじゃないと、(WSBKへ参戦するとしても)自分としてのけじめもつかなかったんです」

2020年、野左根はその決意を現実にして、全日本JSB1000でチャンピオンを獲得したのだった。

野左根は「2020年、結果では(中須賀選手に)勝ったんですけど、ほんとの勝負としてはちゃんと並べたかな、というくらいだった。勝ったとは思ってないんです」と言う。けれど、同時に「チャンピオンを獲得できたので、一番いい形でWSBKに来られたと思います」とも。

タイヤの違い、異なるバイク、初めて走るサーキットに苦戦した1年目

そうしてWSBKへと戦いの場を移した2021年シーズン、野左根はベストリザルト7位(第13戦インドネシア レース2)、ランキング14位で終えた。こうシーズンを振り返る。

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雨のレースとなった第13戦インドネシアでベストリザルトの7位を獲得

「WSBKはピレリタイヤのワンメイク。(全日本とは)タイヤが違い、バイクも違うところがあり、コースもほとんど初めてで、そういう難しさはかなりありました」

野左根が所属するGRT・GYTRヤマハ・ワールドSBKチームは、イタリアに拠点を置くチーム。チームスタッフの9割がイタリア人で、英語でのコミュニケーションという環境の違いもあった。野左根にとっては昨年開催された全13戦、全てが未経験。レースウイークの限られた時間で、コースを攻略しなければならなかった。

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序盤は全日本のチーム監督、吉川和多留氏が帯同して野左根をサポート。通訳については「頼りきりになるから」と、途中からは自分自身でチームとコミュニケーションをとっていった

WSBKで走らせるヤマハYZF-R1については「車体や電子制御、エンジンについて、(全日本と)そこまで大きな違いはない」と言う。ただ、大きな違いとしてサスペンションとタイヤがあった。全日本はサスペンションがKYB、タイヤはブリヂストン。一方、WSBKではオーリンズ、そしてタイヤはピレリという組み合わせだ。特にタイヤの違いは野左根にとって大きかった。

「これまで履いていたタイヤとピレリタイヤの特性は逆で、ピレリの場合は寒いときに硬いタイヤを使い、暖かいときにどんどん柔らかいタイヤを使えるようになるんです。最初はその違いにけっこうびっくりしましたね」

そんな中で野左根はライディングスタイルを変えていく。2021年シーズン、チャンピオンを獲得したのはトプラック・ラズガットリオグル。WSBKのヤマハのトップチームであるパタ・ヤマハwith BrixxワールドSBKから参戦するライダーで、野左根と同じくヤマハYZF-R1を走らせている。バイクのポテンシャルは間違いない。自分のライディングに集中すればいいとわかっていたからだ。

野左根の持ち味は、コーナリング時のアグレッシブな深いバンク角と、それにともなうコーナリングスピードの速さにある。ただ、ピレリタイヤで走るWSBKでは、異なる走り方を求められた。

「全日本ではコーナリング重視で乗っていました。でもピレリはフロントのグリップがいいので、ブレーキングを重視した走り方(を目指している)。僕としてはチャンピオンのトプラック選手のような走り方が、タイヤにとって理に適っているのかなと思っています」

「もちろん、ライディングスタイルの変更はまだ100パーセント完成していません。昨年で50パーセントくらい、今で60パーセントくらいですね。100パーセントというのは、優勝や表彰台争いができるラインだと思っていますから」

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ピレリタイヤで戦うWSBK。2021年は走り方の変更に取り組んでいったという

テストを通じて感じた「昨年以上の手ごたえ」

2021年シーズンを終え、野左根は今季に向けてフィジカル面をさらに向上すべく取り組んだという。

WSBKは土曜日にレース1、日曜日に10周で行われるスーパーポール・レースとレース2と、毎戦計3レースが開催され、2021年は全13戦37レース(※うち2戦はスーパーポール・レースが中止)で争われた。このレース数に対応するため、フィジカル面を向上させる必要を感じたのだ。そして、体重は3キロ増え、体は大きくなった。

このインタビューで話を聞いたときはちょうど、2022年に入って2度目のテストを終えたところだった。その効果は感じたのか、と聞くと「まだ寒いので体力面では楽なんですよ。気温が30度を超えてくると大変なので、本番は夏ですね。でも、ウインターテストで昨年よりは向上できていると実感できています」と、手ごたえを感じている様子だった。

さらに、今季のバイクのフィーリングが合っているとも感じている。電子制御が改良され、そこが一番大きな変化となったという。

「2021年から2022年にかけて、バイクのフィーリングが大きく変わったんです。外見はあまり変わっていないけれど、乗った感じは大きく変わっています。電子制御が一番大きく変わったのですが、中でもトラクションコントロールですね。自分としては今年のバイクのフィーリングは好きですね。追い風になるかなと思います」

「テストを走っていて、今年は昨年よりも接戦になるんじゃないかとは思います。自分も(タイムが)上がっているのですが、全体的にペースが上がっている。でも、僕は昨年以上に手ごたえがあります。バイクもそうですし、チームとのコミュニケーションも去年よりうまくとれるようになってきているので、そういうところも大きいと思います」

今季の目標は? そう聞くと野左根は「今年の目標は、表彰台です。昨年はシングルフィニッシュできたのがインドネシアでの1回だけでしたが、今年は平均して常にシングルフィニッシュするレースがしたいです」と言う。

では、今後の具体的な目標は? と水を向ければ「僕はすぐ前の目標を優先するタイプなので」と、あくまでも今季の表彰台が目標だと強調する。けれど、それからこう続けた。

「まずは、第一ステップの表彰台が目標で、そのあとは優勝。そのあとはもちろんWSBKのチャンピオンです。最終的には、例えばMotoGPなどにも行きたいですね。今のMotoGPは、ほんとにレベルが高いですから、飛び込んでいってすぐに結果を出すのはかなり難しいと思うので、WSBKでしっかり成績を残したいです」

一つずつ、目標をクリアしながら、野左根は己の最終目標へと近づいていく。

野左根航汰が語るピレリタイヤ

「ピレリタイヤのいいところは、誰でも乗りやすいということです。街乗りなどで乗っても、寒い路面に強かったりします。街乗りのバイクって、タイヤウォーマーを巻くわけじゃないですからね。 レース用タイヤで言えば、ウォームアップ性がよかったり、グリップもいいんです。レースする人にとっても、初心者から上級者まで、使いやすいタイヤだと思います。グリップ感ももちろんありますし、柔らかいのでグリップする安心感があるんですよ。ライダーにとってグリップがわかりやすく、安心感があります。ピレリのいい部分だと思います」

<野左根航汰選手プロフィール>
野左根航汰/1995年10月29日生まれ。千葉県出身
幼少期にヤマハPW50に乗り始め、11歳のときにチームノリックに入門。2010年に全日本ロードレース選手権J-GP3で全日本デビュー。2013年にJ-GP2のチャンピオンを獲得して2014年、JSB1000にステップアップ。2017年からはヤマハのファクトリーチーム、ヤマハファクトリー・レーシングチームに加入した。2020年、JSB1000でチャンピオンを獲得。また、2017年にはFIM世界耐久選手権(EWC)にも参戦している。2021年、WSBKに参戦を果たし、2022年も引き続き参戦する。

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<スーパーバイク世界選手権(WSBK)>
3気筒または4気筒750ccから1000cc、2気筒850ccから1200ccの量産車をレース用にチューニングしたバイクで争われる、世界最高峰の二輪ロードレース選手権の一つ。レースは毎戦3レースが開催され、土曜日にレース1、日曜日にスーパーポール・レース(10周)とレース2が行われる。ピレリがワンメイクタイヤサプライヤーを務めている。