仕事に、そしてプライベートにバイクを乗り倒していることを自他ともに認め、そしてメッツラータイヤを愛用している業界著名ライダーに、メッツラータイヤについて熱く語っていただく「メッツラー・ラバーズ」。

第7回目は、ヨシムラジャパンで長年メカニック兼テストライダーを務め、退社後は辻本聡選手を擁するGP500チームの監督に就任。2年間、日本の二輪ロードレースのトップカテゴリーで戦ったのちに、1994年に自らのショップ「アサカワスピード」を設立。メンテナンスを主体とした業務のかたわら、50歳を目前にして全日本ロードレースのST600クラスにフル参戦し、そこでメッツラータイヤと出合うこととなった。以来、浅川さんのタイヤチョイスはメッツラー一択だ。

象さんマークだからメッツラーはタイの会社かと思っていた。

91年にヨシムラジャパンを退社して、2年間GP500チームの監督を務めた後、94年にアサカワスピードを設立。自分がバイクの免許を取って間もないころに通っていた近所のバイクショップのような、近くに住むライダーが頼ってくれるメンテナンスを主としたお店にしようとした浅川さん。

ヨシムラジャパンで、いまや伝説ともなっている「TORNADO 1200 BONNEBILLE」の開発責任者だった経歴から、浅川さんの経営するバイクショップと聞くとカスタムを中心にしていると思ってしまうがさにあらず。意外にも浅川さんは、華やかなカスタムの世界とは正反対の、地味なバイクの整備を生業にしたのでした。

近所のバイク好きの愛車の面倒を見る日々の中、2004年、浅川さんは50歳を目前に「やり残したことがある」と、全日本ロードレース選手権のST600クラスにフル参戦することを決めました。

ヨシムラではテストライダーとして、常に裏方仕事に徹していましたが、今度は自分自身のために走ろう、戦おうと一念発起したのです。

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国際ライダーの浅川さんは、2004年の1シーズンだけ全日本選手権のST600クラスに参戦。その際に、メッツラー・レンスポルトを装着。それ以来、浅川さんのマシンには、必ずメッツラータイヤが装着されるようになった。

参戦を決めた際、旧知の岡田商事(ピレリジャパンが設立される前にメッツラータイヤの輸入・販売を行っていた)の方が「レースをするならレンスポルトを使いませんか」と声を掛けてくれたそうです。

バイクショップの仕事のかたわら、知人から依頼されてバイク雑誌のニュータイヤのテストなども行っていた浅川さんは、スチールラジアルを採用したメッツラータイヤのことをよく知っていました。

そもそもレース畑出身の浅川さん、最初はどうせツーリングタイヤだろう、象のマークが付いてるからタイの会社じゃないの? とメッツラータイヤを軽んじていたそうですが、テストをしたらそんな先入観は雲散霧消。ブレーキングが格段に良くなることにとても驚いたと言います。

ですから、レンスポルトを使わないかと言われてすぐに承諾。スズキ・GSX-R600にレンスポルトを履いて、1シーズン戦うこととなったそうです。

その当時のGSX-R600は戦闘力が低くて、なかなか結果が出ませんでしたが、1シーズン、全日本のトップクラスで戦って、浅川さんは踏ん切りがついたと言います。

このレース参戦時のエピソードが、このコーナーにご登場いただいた鈴木大五郎さんの回(Vol.3)で触れましたが、同じGSX-R600で走っていた鈴木さんに浅川さんが自分の使い古したレンスポルトをあげたら、鈴木さんのマシンのチャターが収まったというもの。戦闘力の低いGSX-Rでもフルシーズン戦えたのはレンスポルトのおかげのようです。

以来、全日本レベルのレースを完全に引退して趣味で草レースに出たり、サーキット走行会の先導を務めるときも、自分のバイクには必ずメッツラーを履くようになりました。とにかく、テストライダーが乗り込んで作っているタイヤだと、浅川さんは感じているそうです。

レースの世界では、一握りのトップライダーにだけ仕様の違うスペシャルタイヤが提供されることを知っている浅川さんは、メッツラーはすべて同じ仕様で、誰でもそのタイヤが買えるところも素晴らしいと言います。

浅川さんが感じているメッツラータイヤの最大の特長は、初めてメッツラータイヤをテストしたときに感じたブレーキング時の安定感。車種によってハンドリングの軽さ・重さの違いがあるけれど、どんなバイクでもしっかりブレーキを掛けられる安定感があり、非常にコントローラブルだと言います。

また、温まりが早いため、最初からどんどん行けるところも気に入っている点だそうです。

RSV4にはRACETEC™RR、DRZ400にはエンデューロ1/2

現在、所有する2台のバイクにはもちろんメッツラータイヤを装着。

走行会などサーキット走行専用のアプリリア・RSV4にはRACETEC™RR 。足代わりにしているスズキ・DRZ400にはエンデューロ1/2(現在は廃番)。

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浅川さんが主にサーキット走行で使用するRSV4に装着されているタイヤは、「公道レースで勝つために生まれた」RACETEC™RRだ

それほど乗らないというDRZのほうはまだしっかり山が残っていましたが、すでに3~4年は経っていると言い、RSV4のRACETEC™RRも見るからに使い込まれた感じ。年に4~5回はサーキット走行をするそうで、そろそろ替えなきゃと言いつつも、メッツラータイヤのライフの長さを信頼して使用しているそうです。

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ライフの長さもRACETEC™RRの魅力だと浅川さんは言う
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ピレリジャパンが開催している「FUN TRACK DAY」で先導走行をする浅川さん。国際ライダーらしい見事な走りだ。

当然、お客さんにもメッツラータイヤを積極的に薦めています。

「いまよくお客さんにオススメするのは、SPORTEC™M9 RRで、ハンドリングがニュートラルで、耐久性にもとても優れています」

バイク通勤しているお客さんは、SPORTEC™M9 RRを履いたらいままでのタイヤより1.5倍は持つと喜んでいるとのことです。

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優れたハンドリングとグリップ性能、高いウエットパフォーマンス、そしてロングライフを実現したSPORTEC™M9 RR。

「バイクはタイヤでどうにでもなっちゃう。だから、やっぱりいいタイヤを履かないとね」

メッツラータイヤに全幅の信頼を寄せ、だからこそお客さんにメッツラーを薦める浅川さん。これからもメッツラータイヤの伝道師として、どんどんメッツラーユーザーを増やしてくれそうです。

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<浅川さんプロフィール>
1954年生まれ、神奈川県出身。1974年に、月刊モーターサイクリストに掲載された「ヨシムラ・パーツショップ加藤」(加藤昇平さんとポップ吉村の娘である由美子さんが経営していたお店)の広告を見て、自分が乗るホンダ・CB750のパーツを求めに来店。それ以来、お店に入り浸ることとなり、加藤昇平率いるレーシングチーム「ヨシムラR&D」のライダーに。その後、ヨシムラ・GS1000がホンダ・RCB艦隊を破った第1回鈴鹿8時間耐久レースでヨシムラチームのメカニックを務め、それがきっかけで現ヨシムラジャパンに入社。メカニック兼テストライダーを長年務める。在社中は辻本聡選手のメカニックとして彼の活躍を支え、そのときの縁で、ヨシムラを退社した翌年の1992年に、辻本選手がホンダ・NSR500を走らせた「am/pmレーシング」の監督に就任。同チームで2シーズン戦ったのちに、1994年に「アサカワスピード」を設立。「近所に住むライダーの面倒を見る」ためのお店として、メンテナンス作業中心の業務を日々こなしている。

<SHOP DATA>
●アサカワスピード
神奈川県横浜市青葉区寺家町603-2
TEL&FAX:045-961-9622
営業時間:10:00~19:00(日曜日は~17:00)
定休日:毎週月、火曜日
http://www.asakawaspeed.com