写真:Honda Team Asia
テキスト:伊藤英里

2度目の世界への挑戦、初のMoto2マシン走行。その印象は?

2025年シーズン、ロードレース世界選手権MotoGPに、ひとりの日本人ライダーが再挑戦します。國井勇輝。Moto2クラスへのチャレンジです。

「再挑戦」の通り、國井にとってMotoGPは、一度経験した舞台です。2020年から2021年にかけての2シーズン、國井はMoto3クラスを戦いましたが、2021年シーズンを終えてシートを失いました。当時は世界チャンピオンを目指して突き進んでいた道から外され、「バイクをやめるか」という考えも頭をよぎったと言います。

そのとき、國井に手を差し伸べたのが、HARC-PRO.の本田重樹会長でした。本田会長の「もう一度、世界を目指して挑戦しないか」という言葉に、國井は再挑戦を決意します。國井としても、2020年と2021年シーズンには、悔いが残っていたのだそうです。あきらめきれない思いがありました。

2022年から、國井は全日本ロードレース選手権に参戦を開始しました。そして、参戦3年目の2024年、全日本ST1000でチャンピオンに輝いたのです。さらに、ダブルエントリーしていたアジアロードレース世界選手権ASB1000でもチャンピオンを獲得。2021年当時、まだどこかに少年の面影を残していた18歳の國井は、今、堂々たる結果と自信を携えて、22歳のダブル・タイトルホルダーとして世界に舞い戻ったのでした。

Moto2クラスは2月12日、13日にポルトガルのアウトドローモ・インターナショナル・アルガルベでテストを実施しました。國井にとって、これがMoto2マシンの初走行でした。

世界選手権への2度目の挑戦であり、チームも2021年に所属していた、いわば「古巣」のイデミツ・ホンダ・チームアジアですが、当時とは違うことがいくつもあります。参戦クラスはMoto3からMoto2へ、タイヤサプライヤーの変更で、タイヤがピレリとなりました。

そんな状況の中、國井はMoto2マシンをどう感じたのでしょうか。なお、このインタビューは2月18日から20日にかけてスペインのヘレス・サーキット‐アンヘル・ニエトで行われたテストの前に実施したものであることを、付け加えておきます。

いちばん強く感じたのは、バイク、タイヤの違いです。フィジカル面で足りていないことはすごく実感しました。常に体が緊張している状態で、力んでしまって。体をうまく使えなかったんです」

「(2024年まで乗っていた全日本ST1000クラスの)1000㏄バイクと比べると、Moto2のほうがパワーが少ないと感じます。でも、それ以上に、バイクの限界度が高いんです。ライダーができる仕事量の多さをすごく痛感しましたね。まだバイクにうまく馴染めていない段階なので、もっとバイクと仲良くならなければいけないと感じています」

2024年まで國井が走らせていたST1000マシンとMoto2マシンの大きな違いは、ST1000マシンが市販車をベースとした車両であるのに対し、Moto2マシンは素性からレーシングマシンであるということです。Moto2マシンは、トライアンフの市販車、ストリートトリプルRSの3気筒765㏄エンジンをレース用にチューンした公式エンジンを、イデミツ・ホンダ・チームアジアの場合はカレックスのシャシーに搭載しています。

國井がもっとも違いを感じたのは、そうした車両の特性でした。

「市販車バイクのほうが、ライダーの仕事量としてのバイクの限界度が低いです。それに比べて、Moto2マシンはライダーが仕事すればするほど、速く走れるバイクなんです。それをすごく痛感しましたね」

キャリア初のピレリタイヤ。「グリップ力が高い」

また、タイヤの違いも影響しています。國井はこれまでのキャリアのほとんどで、他社のタイヤを履いてきました。2020年、2021年のMoto3参戦当時も、タイヤサプライヤーは他社でした。國井にとって、今回が初のピレリタイヤでの走行です。

國井は、ピレリタイヤの印象について、「グリップ力が高いですね」と語ります。

「グリップ力が高い分、自分ができるバイクの上での仕事量も増えました。それから、タイヤがすごく柔らかいんです。全体的に支えてくれているようなサポート感は、すごく感じます

「まだピレリタイヤに合わせた走りができておらず、ピレリのいいところを使い切れていないなと感じています。頭ではタイヤのパフォーマンスを引き出す走りを理解できているので、もっと走行を重ねて、体に刻んでいきたいですね」

少し前にインタビューしたとき、國井は2度目の世界への挑戦について「絶対にあきらめず、悔いのないレースがしたい。それから、楽しみたい」と語っていました。「(ポルトガルテストを終えた)今のところ、楽しめていますか?」と尋ねると、「全然楽しめていないです……」と、苦笑いします。どこか、もどかしそうに。

けれど間違いなく、4年前、悔しさのままにMotoGPから去った國井は、もうそこにはいません。

國井は、「Moto3を走っていたときは、もっと行き当たりばったりでした」と言います。

「でも、日本に帰ってきて、自分には考えることが足りなかったのだと気付きました。『もっと速く走るためには、どうしたらいいんだろう』『自分のベストをどうやったら出せるんだろう』と、どんどん考えるようになったんです。(ゴールから)逆算して考えるようになりました。当時と今、それがいちばん大きな違いです」

日本で戦った3年間に得た糧は、今も國井を支えています。

「ポルトガル(のテスト)で得たライディング、Moto2の経験を、次のテストで生かしてトライしたいことがたくさんあります。3年間で、考える力がつきました。ちょっと落ち込んだりもしていましたけど……(笑)、その3年間を、持ってこられているのかな、とは思いますね」

國井は、2025年シーズンの目標をこう語ります。

「一度はトップ10には入りたいと思っています。もちろん優勝したいですけど、現実的に考えると、シーズンを通してトップ10に入れるように自分を伸ばすことができれば、来年にもつながると思うんです。常に成長できるようにしたいですね」

2月28日から3月2日にかけて、タイのチャン・インターナショナル・サーキットで行われるタイGPで、國井にとって、2度目の世界を舞台にした戦いが始まります。


カメラに笑顔を向ける國井勇輝選手

國井勇輝(くにい ゆうき)

2003年2月18日生まれ。2020年にロードレース世界選手権Moto3クラスにフル参戦。2022年、全日本に戦いの場を移し、ST600にエントリー。翌年、ST1000に参戦し、2024年、全日本ST1000、アジアロードレース選手権ASB1000、ともにチャンピオンに輝いた。2025年は古巣、イデミツ・ホンダ・チームアジアからMoto2クラスを戦う。
https://x.com/YukiKunii921man/

ロードレース世界選手権MotoGP Moto2クラス

トライアンフ ・ストリートトリプルRSの3気筒765ccエンジンをベースに開発された公式エンジンをコンストラクターが製作したオリジナルシャシーに搭載するマシンによって争われるクラス。2025年現在、タイヤはピレリのワンメイク。MotoGPクラスとMoto3クラスの中間にあたるクラスである。