写真:藤原慎也 Road to ダカール・ラリー プロジェクト事務局
藤原慎也、初挑戦の「ダカール・ラリー2026」を完走——骨折と複視を抱えたまま走り切った7,983km
“世界一過酷なモータースポーツ競技”とも称されるダカール・ラリー。2026年大会(1月3日〜17日、サウジアラビア開催)に、トライアルライダーの藤原慎也選手が初参戦、Metzelerのオフロードタイヤを装着したCRF450 RX Rallyで、15日間・総走行距離7,983kmを見事完走しました。結果は二輪部門総合55位、RALLY2クラス44位。ステージ2での負傷、ステージ5での骨折という大きなアクシデントに見舞われながらも、走破で掴んだ“ゴールポディウム”でした。
相棒は世界限定50台の特別車「CRF450 RX Rally」
藤原選手が選んだマシンは、ホンダのモータースポーツ部門HRC(ホンダ・レーシング・コーポレーション)の競技用パーツを装着した「CRF450 RX Rally」。世界限定50台という特別な1台です。藤原選手自身も「スムーズに回るエンジン」と「6速ミッション」による振動の少なさを評価し、体力面のアドバンテージになったと語っています。
さらに心強いのが、大会を通してマシンメンテナンスと戦略面を支えたイタリアの名門「RS moto RACING」の存在。マシンの修理・整備だけでなく、ライディングや戦略の相談・アドバイスまで受けられる環境は、大会唯一の日本人ライダーとして単身挑んだ藤原選手にとって、大きな支えとなりました。
ロードブックだけが頼り——砂丘、岩、砂嵐の“迷路”を走る
2026年大会のスタート/ゴール地点は紅海の港町ヤンブー。全行程7,983kmのうちSS(競技区間)は4,737km、そして外部サポートなしで2日間を走り切る「マラソンステージ」も2回設定されました。簡易ビバークで、ライダー自らがテントを張り、マシン整備もこなす——まさに総力戦です。
コースは100m級の砂丘(デューン)や砂の崖、渓谷、岩だらけの河川敷、砂に覆われた岩場など、一瞬たりとも気が抜けない難所の連続。しかもナビ・GPSは使用不可で、直前に渡される「ロードマップ(ロードブック)」を操作しながら、状況によっては最高時速160kmで走る局面もあるといいます。
ステージ2・ステージ5の大クラッシュ——それでも走り続けた決断
藤原選手は3ヶ年計画で参戦権獲得とスキル習得に取り組み、スタート直後から成果を実感する一方で、「今の走行ペースを10%上げたら…」と命の危険すら感じていたといいます。
そして試練は現実になります。ステージ2で10m以上の砂の崖を落下し、顔面をハンドル部に強打して眼窩底骨折。以降、複視(ものが二重に見える症状)に苦しみ、片目だけで150km近くを走行することもありました。
追い打ちをかけたのがステージ5。砂に隠れた岩にタイヤがヒットして転倒し、高さ2mほど投げ出されて地面に叩きつけられる大クラッシュに。ゴール後の診断は「左の鎖骨骨折・全治6週間。レースは勧められない」というものでした。
「順位は追わない。完走だけに集中する」——痛みの先にあったフィニッシュ
それでも藤原選手はレース続行を決断。「順位を追うのはやめて、完走することだけに集中しよう」と方針を切り替え、患部をテーピングで固めながら、路面ギャップのたびに走る激痛に耐えて前へ進みます。2度目のマラソンステージでは200km以上続く砂丘群や岩の川が待ち受けるなど、万全でもハードなコースが続きました。
迎えた最終日、最後の最後に転倒し泥だらけになりながらも、藤原選手は138kmのステージ13を走り切ってフィニッシュエリアへ到着。「ダカール・ラリー全体が僕の完走をサポートしてくれているように感じるほど、多くの支えを頂きました」と感謝を語っています。
藤原慎也選手 コメント
「本来であれば、レーサーとして万全なコンディションで全力を発揮し、戦い抜きたいという思いがありました。その悔しさは今も残っています。しかし、負傷した限られた条件の中でも、その時点での自分にできる“ベスト”を尽くし、最後まで逃げずに挑み切れたことは、大きな経験と誇りになりました。」
「果てなき砂漠を越えてきた。何度もヘルメットの中で泣いた。地球上で最も過酷なレースを完走した。諦めない心で戦った。多くの応援があった。多くの支えがあった。だから、ここに立てました。」
挑戦し続ける者だけが辿り着ける“ロマン”
眼窩底骨折と鎖骨骨折、複視と激痛——それでも走り、走り切った藤原慎也選手のダカール初挑戦は、まさに「挑戦し続ける者だけが辿り着けるロマン」を体現する15日間でした。完走は決して一人では成し得なかった成果であり、多くの支えとともに掴んだ結果だと、藤原選手は改めて感謝を述べています。
藤原慎也 選手プロフィール
1990年1月6日生まれ、兵庫県出身。7歳でトライアルを始め、16歳で国内A級シリーズを制覇。2014年に国際A級シリーズチャンピオンを獲得した。2018年には大阪・通天閣で「City Trial Japan 2018 in OSAKA」を実行委員長として成功させ、同大会は現在も継続開催されている。2016年からはハードエンデューロにも挑戦し、「夢を与えるライダー」を目指してRed Bull Erzbergrodeo参戦や各地でのデモなど幅広く活動している。
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