写真:Metzeler、iomttraces.com、伊藤英里
テキスト:伊藤英里
メッツラーは2027年までマン島TTレースのオフィシャルタイヤパートナーを務める
2025年マン島TTレースが、5月26日から6月7日にかけて行われました。マン島TTレースは、1907年に始まった100年以上の歴史を持つ現存する世界最古の二輪レースであり、公道を舞台に行われます。
メッツラーは、2023年から2027年まで、このマン島TTレースのオフィシャルタイヤパートナーを務めています。
2025年のマン島TTレースにおけるメッツラーのグリッド・シェアは、サイドカーを除いた全二輪クラス、スーパーバイク、スーパーストック、スーパースポーツ、スーパーツインで72%以上を誇りました。
メッツラーが2025年マン島TTレースで供給したのは、スリックの『RACETEC™ RR』と溝付きの『RACETEC™ RR』です。溝付きの『RACETEC™ RR』は、一般的にスーパーツインで使用されています。フロント、リヤともに2種類のコンパウンドが用意され、フロントはK1(ソフト)、K2(ミディアム)、リヤはK0(スーパーソフト)とK1(ソフト)となっています。
メッツラーライダーは、スーパーバイクTTレースでのデイビー・トッド(BMW)の優勝、スーパーストックTTレース1、2でのディーン・ハリソン(ホンダ)の優勝を含む、14の表彰台を獲得しています。


公道レースで使用されるタイヤ『RACETEC™ RR』の特徴
そんなメッツラーのタイヤ開発やフィロソフィーについて、レースウイーク中、メッツラーを傘下とするピレリのオートバイ事業部 プロダクト・マネジメント責任者であるロベルト・カムッフォさんに聞きました。

「マン島TTレースでライダーたちが使っているのは、このレースのために選ばれたタイヤ、『RACETEC™ RR』です。タイヤには2種類の仕様があって、ひとつはスリックタイヤです。完全にレース専用ですので、(一般ユーザーの)公道での使用はできません。もうひとつが、溝付きの『RACETEC™ RR』です。こちらは、公道でも使用できる仕様になっています。ただ、いずれの場合でも、私たちはここで得た技術を、最終的には公道向け標準タイヤへ反映することを目指して開発しているんです」
「私たちは、このレースのためだけに2000本から2500本のタイヤを積んだ大型トラック2台を持ち込みました。私たちのタイヤを選ぶライダーの数は年々増え続けています。今年は、スーパーバイク、スーパーストック、スーパーツイン、スーパースポーツというすべてのカテゴリーで、メッツラータイヤを使用するライダーの割合が72%を超えました。例えばスーパーバイクでのシェアは72%ですが、76%になるクラスもあります。ライダーたちが私たちのタイヤを信頼してくれているからこそ、どんどん選ばれるようになっています。彼らは製品に自信を持てると感じていて、性能にも満足しているということです」


では、なぜ「マン島TTレースをタイヤ開発の現場として選んだ」のでしょうか。マン島TTレースは、現在のMotoGPやスーパーバイク世界選手権(SBK)などのようにサーキットで行われるのではなく、公道を閉鎖してコースとする公道レースです。1周は約60kmあり、そのコースはバラエティに富み、各所の気温の変化も少なくありません。
「私たちにとって、公道レースをタイヤ開発の場として選ぶことは、非常に自然なことなのです。というのも、メッツラーは公道レースと非常に深い結びつきがあるからです」と、カムッフォさんは説明します。
「長年にわたってこうしたレース向けのタイヤを開発してきましたし、実際にこのようなレースで走るライダーたちからのフィードバックを元に、タイヤの性能を高めてきました」
「そうしてマン島TTレースを含む公道レースで培った技術的なソリューションを、市販の公道向けタイヤにも応用することができるんです。例えば、新製品『ROADTEC™ 02』もそうです。この製品は、昨年マン島でお披露目しました。メッツラーにとって、こうしたレースを開発に活用することは、ごく自然な選択なんです」
このようにして開発されてきたタイヤの構造には、ある特徴があります。その背景には、公道レースならではの理由がありました。
「(マン島TTレースに使用される『RACETEC™ RR』の)リヤタイヤで特徴的なのは、トレッドの中央に配置されたストライプ部分です。この部分には異なるコンパウンドが使われています。幅は45ミリで、非常に硬く、剛性が高いのが特徴です」
「このマン島TTレースのような環境では、ライダーは1周(約60km)のおよそ75%をフルスロットルで走行しています。これはタイヤにとって非常に過酷な条件です。ですから、トレッド中央にはより硬い、高い剛性のコンパウンドが必要になるんです。一方で、サイド部分には純粋なレース用のコンパウンドが使われており、極めて高いパフォーマンスを発揮します」

マン島TTレースの舞台は公道です。レースが行われるときだけ道路が閉鎖されてコースになりますが、その時間以外は、例えレースウイークであっても道路は「いつもの道」になって、クルマやバイク、バスなども走っています。当然、レースが行われることを想定したサーキットのようにヘアピンカーブやS字がレイアウトされているわけではないのです。
「日本のサーキットで言うと、もてぎやSUGOのようなクローズドサーキットの場合、いちばん長いストレートでも1kmもないですよね。ライダーがフルスロットルで走るのは、せいぜい4〜6秒程度です。非常に短い時間です」
「でも、マン島TTレースのような公道レースでは、先ほどもお話しした通り1周の約75%がフルスロットル走行です。ですから、このタイヤでサーキットのようにレースを走ることはできません。用途に合っていないからです。でも逆に、サーキットでのレース用のタイヤをこのような公道レースに持ち込むこともできないでしょう。ライダーにとって非常に危険だからです。マン島TTレースはフルスロットルで走る時間が長いので、タイヤにかかるストレスが非常に大きいんです。そして問題は、トレッドの分離ですね。ハイスピードで長い時間走るので、カーカスとトレッドが分離してしまうのです」
このため、メッツラーは公道レース専用に特別な製品を開発しています。
「例えば、カーカスの剛性を高めた構造を3年前に導入しました。これは大きな進歩でした。ライダーたちはこの構造をとても気に入ってくれました。このカーカスによって、私たちは安定性を向上させました。ここマン島やNorth West200のような公道レースにおいては、あらゆる状況で安定性がとても重要なのです」
「それから、バンプ。(コースに)バンプがたくさんあるのをご覧になったでしょう。バイクがジャンプする場面もあります。高い安定性を持つことは重要な要素のひとつです」
マン島TTレースのコースには、バイクがジャンプすることで有名な「バラフ・ブリッジ」がありますが、それ以外でもバイクがジャンプする(跳ねる)箇所はあります。これもまた、公道レースならではと言えるでしょう。

「バイクにはフロントとリヤのショックアブソーバーがありますよね。タイヤもその役割を果たしているのです。そして、さまざまなソリューションによって、タイヤが元の形状にどのくらいの速さで戻るかをコントロールすることができます」
「これはとても重要です。なぜなら、もしタイヤが沈みこんだあと、元の形に『ガンッ』と戻ってしまうような挙動をすれば、不安定さを生む可能性があるからです。バイクのダイナミクスというのは、ある意味で非常にダイレクトですからね。だから、タイヤがどのようにして元の形に戻るかということも、私たちはコントロールしています。タイヤの内部には複数の金属部品が使われていて、例えば“ゼロディグリー・スチールベルト”は、今では非常に有名なものになっています。この点も私たちの重要な開発要素のひとつなのです」
重要な3つの要素「安定性(stability)」、「汎用性(versatility)」、「完全性(integrity)」
カムッフォさんは、公道レースにとって「安定性(stability)」、「汎用性(versatility)」、「完全性(integrity)」が重要な3つの要素であると語りました。
「まずは『安定性(stability)』です。バンプ(路面の凹凸)に対応するため、ラインを取るための安定性ですね。マン島TTレースではライン取りがとても重要です。サーキットならラインを外してもコース外に逃げ場があります。でもマン島では、ラインを外すと壁にぶつかるか、崖から落ちてしまいます。非常に危険なのです。ですから、安定性は最も重要な要素のひとつです」
「次に、『汎用性(versatility)』です。なぜ汎用性が重要かというと、1周が60kmあるからです。スタート地点のダグラスは海抜0mですが、ビクトリーカフェがあるバンガローは、海抜600mです。アスファルトもさまざまだし、気温も違います。バンガローでは気温9度でも、ダグラスでは15〜17度あるかもしれません。濡れている場所が残っている可能性もあります。ですから、路面状況への対応という意味でも汎用性が重要になります」
「加えて、72%というグリッド・シェアを持つ私たちは、さまざまなバイクのニーズにも応える必要があります。BMW、ホンダ、アプリリアなどが走っていて、ライダーのニーズも違います。そして、プロのライダーもいればアマチュアのライダーもいます。プロとアマのライダーではニーズがまったく異なりますからね」
「例えば、プロライダーはK0(スーパーソフト)コンパウンドの限界を引き出すことができます。でもアマチュアライダーは、K1(ソフト)を好むかもしれません。K1のほうが扱いやすいですからね。ですから、汎用性も重要なポイントなのです」
「そして最後に、でも決して軽視できないのが『完全性(integrity)』です。ご存知の通り、公道レースは本当に本当に危険です。私たちは皆、その危険を理解しています。もちろんモータースポーツはどれも危険ではありますが、公道レースはより危険なのです」
「ですから、ライダーが『安全だ』と感じられるタイヤを持つことが本当に重要です。私たちは、レース中のすべてで完全性を保てるように、多くの努力を払っています。ライダーにトラブルが起こらないように、全力で取り組んでいます。これは、最後の、そして非常に重要な点です。ライダーの安全に関わる問題だからです。ひとつのトラブルがライダーの命に関わるかもしれない、そういうレースですから。だからこそ、私たちの製品には100%の完全性が必要なのです」
公道という「一般的な」環境で「レース」という過酷かつ高速のシチュエーションで使用されるメッツラーのタイヤは、あらゆる状況に対応できる大きなポテンシャルをはらんでいます。
「まさにそれこそがキーポイントです。このような公道レースで走るには、(様々な状況に対応できることが)本当に重要なことです。私たちはR&D部門と一緒に、このポイントを改善するために多くの取り組みを行ってきました。ライダーたちが求めているからです。ライダーたちが求めているのであれば、私たちはそのニーズを満たしたいと考えます」
「私たちは常にライダーから学び、ライダーも私たちから学ぶ。そういう関係だと思っています。重要なのは、私たちタイヤメーカーとライダー、その両者を満足させるポイントを見つけることです」
期待されるメッツラーの新製品は?
メッツラーは2024年に『ROADTEC™ 02』をマン島で発表しました。今後、どのようなタイヤがリリースされる予定なのでしょうか。
「メッツラーではお客様、バイクの用途、バイクそれぞれに異なる“ファミリー”を設定することにしています。私たちはさまざまなニーズに対応するために、異なる製品ファミリーを用意しています」
「スーパースポーツに乗っているお客様で、サーキットに行きたいならスリックタイヤが必要になるでしょう。スポーティに走りたいなら、『RACETEC™ RR』がいい選択でしょうね」
「一方、長距離を走るライダーであれば、『ROADTEC™ 02』が最適な組み合わせになります。これは走行距離にも優れていながら、メッツラーらしいスポーティな性格も持っていて、さらにウエット性能も備わっています。ウエット性能としてもクラス最高のタイヤです」
「このようにして、私たちは『RACETEC™』、『SPORTEC™』、『ROADTEC™』、『CRUISETEC™』といった、異なるニーズや異なるライダー向けの製品を開発しているのです」
来年については「今の時点ではまだ詳細はお話しできません」とカムッフォさんは申し訳なさそうに言います。それでも「少しだけお伝えすると……」と明かしてくれました。
「2026年にメッツラーは3つのカテゴリーで新製品を発表する予定です。そのうちのひとつは、スーパースポーツ向けの製品です。もう一つは、エンデューロ・ストリート向けの製品になります。これ以上の詳細はまだ言えませんが、この三つの新製品は、メッツラーにとって大きな進化になると断言できます。新しいテクノロジーを導入し、パフォーマンス面でも新たなステップを踏み出す製品群です」
「メッツラーのタイヤにおけるフィロソフィーとは?」最後にそう尋ねると、カムッフォさんはこう答えました。
「メッツラーは有名なブランドというわけではありません。でも、本当に『自分が何を求めているか』を理解しているお客様にとっては、知られている存在です。そういったお客様は、“おしゃれ”とか“有名”といったブランドを探しているのではなく、“これが最高品質の製品だ”と自信を持って言えるものを求めているのです」
「つまり、メッツラーは『タイヤのスペシャリストたちのためのブランド』だと言えます。そういう方々は自分のバイクを非常によく理解していて、そのパフォーマンスを高めるためのものを探しています。ですから、私はこう言いたいですね。メッツラーは『本物を求めるエキスパートのためのブランドです』と」
マン島TTレースという公道を舞台にした極限の世界で開発される、メッツラーのタイヤ。メッツラーは、スペシャリストに選ばれる進化を続けていきます。